「まちの駅 飯盛山」の駐車場に車を停め、飯盛山に向う。
飯盛山へ上る石段は183段であるが、スロープコンベヤを利用すると、
頂上近くまで歩かないいける。 コンベヤは石段155段にあるそばや前まで。
残りの28段は急な石段であるが、左側に「会津藩殉難烈婦」の石碑があった。
戊辰戦争(1868年)で自刃・戦死した会津藩の婦女子230余名の霊を弔ったもの。
石段を上ると、左手奥に狛犬、常夜燈、その先に白虎隊士の墓があった。
正面の墓は慶応4年(1868年)8月28日(新暦10月8日)、ここ飯盛山で自刃した
士中白虎二番隊19名の墓である。 隊士の遺骸は、西軍(政府軍)によって、
手を付けることを禁じられていたが、村人が密かに近くの妙国寺に運び、
仮埋葬された。 それを後にこの地に改葬したのである。
墓地の左下にある六角三階の建物は国の指定重要文化財であるさざえ堂である。
正式名称は円通三そう堂で、かってここには正宗寺という寺があった。
堂内は螺旋階段になっていて、堂内に祀られている西国三十三観音像を
お参りできるようになっている。
