京 都 散 策  
(京都名所めぐり)

「 円山公園の夜桜を見に 」  




一力茶屋 平成十五年(2003)四月八日。 朝からかなり強い雨が降っていたが、午後になると小降りになり、夕方にはおさまった。  京都は春の観光の最盛期を迎えて、祇園花見小路には、多くの人が行き交っていた。  大石内蔵助が通ったという一力の前には、歌舞練場で行われている都おどりのポスターが貼られていた。  円山公園の夜桜を見るのが京都を訪れた目的なので、時間はたっぷりあり、ぶらぶら歩く。 四条通りにある大原女家は、かま風呂という名のお菓子が売りで、甘味処でもある。  青春時代ここには思い出がある。 
田舎から出てきた私には、京都での知り合いがなかったが、姉の友達が京都女子大に入っていたので、
知恩院の塀 連絡をしてもらい、連れていってもらったのがこの店だった。  釜飯かなにかを御馳走になったが、はっきりした記憶はない。  そのような青春時代を思い出しながら歩いていくと、気を付かないうちに知恩院の塀に出た。  塀に沿ってあるソメイヨシノは満開を過ぎ、花が散り始めていた。  太陽は落ち、黄昏時を迎えて、桜の色が幻想的になりつつある中、その前を客を乗せた人力車が走り過ぎていった。  知恩院の三門は大変大きく、南禅寺と比較しても遜色ない。  徳川二代将軍秀忠の寄進によるものだが、予算を超過したため、棟梁夫婦が責任を取り、自害したという悲話が残る。  日が落ちたので、円山公園に入っていく。 
知恩院三門 ここにあるしだれ桜が今日の訪問目的である。 水上勉の京都花暦の桜の章に以下のように紹介されている桜である。 
『 京に桜の季節がきて思い出すのは、小さなころ、等持院から、嵯峨の天龍寺へいく途中で、 いつも立ち止まって眺めた一本の枝垂桜のことである。 これは有名な佐野藤右衛門さんの屋敷のものだった。 (中 略)  この枝垂桜が、のち、円山公園の老枝垂が枯死したので、その代替りとして移植されることになった。  たぶん、これは戦争中のことであった。  世間は、弾丸づくりと、疎開騒ぎで、もう春がきても花見気分でない頃の話だ。  円山公園の老枝垂の枯死は、心ある人びとを悲しませていた。 
円山公園の枝垂桜 佐野藤右衛門さんは、この御室に住んで、代々、京で植木を商い、庭園を造る仕事をしておられたが、 じつは、苗圃に植えてあったこの枝垂、その円山の枯れた老桜の孫桜だった。  佐野さんは、自宅のそれを、惜しみなく掘りおこして、円山公園の親桜のあとへ移植された。  いつ頃だったろう。 この話は新聞にも出て、円山の桜移植さると京童はよろこんだものだった。  ところが、なかなか咲かなかった。  活着がむずかしかったためで、折角手弁当で植えかえてみたものの、世間から、咲かぬ桜を植えたと笑われて、 佐野さんは、ひどく心配もし、日夜、その活着を祈られた。 施肥にも通われた。  運のわるいことに移植した秋に台風があった。  佐野さんは、円山まで出かけて、植えたばかりの木にしがみついていた。  「何とか生きてくれ。 花は咲かぬまでも、
何とか生きてくれ」 ずむぬれになって、しがみついていた。 ・・・ 』
 
と、この桜の誕生の様子が書かれている。 それにしても、黄昏時の桜は妖艶である。 
円山公園の枝垂桜 水上氏は、さらに、 『 一人の植木職人が、住む街の春のシンボルともいわれた公園の老桜の死をなげいて、 早くからその孫桜を育成していて、これを移植した話は心を打つのである。 ・・・  いま、私たちが、円山公園へ夜桜見物に出かけて、絢爛たる若々しい枝垂桜の、満開を賞でることが出来るのは、 この苦労があったのである。 ・・・)  じつはこんなことを書くのは、この円山の大樹が、昔、少年の頃に、足もとへ散りかかっていた一本の枝垂桜だった、と感慨無量だからである。  私にとって、桜の歴史は、私の人生の暦のどこかで、精神とかさなっているといえば大げさだろうか。  いや、大げさどころか、こういう思いは、京に住んだ人なら、誰もがもっているものだろう。 』 と書かれている。 
円山
公園の枝垂桜 日がすっかり暮れると、桜だけがくっきり、ナトリウム光線で浮かびあがってきた。  水上勉氏の文章を紹介したのは、私が学生時代を送ったのが京都で、しかも、70年安保闘争のデモ会場になったのが、円山公園だったからである。  当時の学生は、日本の将来にかける思いで活動をしていたので、円山公園の枝垂桜をゆっくり鑑賞するこころの余裕はなかった。  最近、水上氏の枝垂桜の文章を読み、そう言えば、ひょろとした桜があったと思いだし、名古屋からのこのこ見にきたのであるが、 立派に成長し、満開の花を咲かせ、多くの人々を魅了していた。  小生は嵐の中、木にしがみついていた佐野さんの姿を桜に重ね合わせ、しばらくの間、ぼーと見ていた。  

平成15年(2003)4月



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