mrmaxの全国温泉めぐり

『 北東北の秘湯を訪ねてー薬研温泉から蔦温泉へ』


 下北半島の恐山の奥に薬研温泉がある。 森深い中にある秘湯である。
奥入瀬の上流にある蔦沼、そこには蔦温泉があった。
そして花巻の奥にある大沢温泉を巡ってきた。




とりあえず恐山へ

6月上旬、またまた北東北へ旅にでました。
前回は、秋田と青森の旧津軽地区だったので、 今回は残り半分の青森・岩手も旧南部地区です。
珍味のほや 最初の訪問地、 八戸では、種差海岸へ行き、 久し振りに”いちご煮”などの海の幸を食べました。 夜も、ホテルからぶらぶら歩き、 街に出て、 独特のかおりがする ほや(写真) やほっけなど、 魚料理を食べました。
八戸には、白銀海岸など有数の漁港・魚市場があるので、 魚は美味しかったですよ!!
翌朝、出勤時間帯にかちあい、街中から出るのに予想以上の時間がかかってしまいした。 八戸市は、東北では数少ない工業都市で、けっこう大きな工場があります。 その中を抜け、市外にでました。
むつ市までは、 太平洋側の道路を進むことにする。

霧がところどころにでていて、見通しが悪く、 また 家も少ない。 さらに原野が広がるという殺風景が続きます。
”むつ小川原湖”は、ビート(砂糖大根)を造る国家事業で失敗。 現在は、原子力再処理事業が進められています。 「 無駄な投資にならなければよいがなあ!」と祈念しつつ、通抜けました。
予定より遅れて、むつ市へ入る。 そのまま、恐山に向かいます。 森の繁みの中を走る。 下北半島はニホンザルの北限です。 猿軍団はどこにいるのかなあ、などを思いながら、 車を走らせました。
途中、車が数台駐車していました。 停めて見ると、3本の樋から水がしたたり落ちています。 冷たいことを期待したのですが、予想に反しました。 それでも、喉を通した水はけっこううまかったです。 脇に小さな石仏が数体あり、赤い着物が着せられ、白と赤のブチのエプロンがしてありました。 少し離れた場所には、やや大きい石仏があり、恐山大湊参道第23番観世音菩薩とありました。 観音信仰で廻るようになっているのでしょう。 お供えがされていました。

恐山 少し走ると、左手に池が見えてきて、ほどなく、恐山に到着。 35年振りの訪問です。
モータリゼーションが始まる直前で、 国道4号も、盛岡までが片側2車線、 それから先は、未舗装の1車線。 盛岡から先は1時間に出逢う車が数台という時代でした。 恐山も、訪れる人は全てバス利用という時代。  ”5月連休中なのにタクシーが数台、自家用車は1〜2台しかいなかった”と記憶しています。
それにしても、この賑わいやけばけばしさはなんなのか ・・・ 
以前訪れたときは、建物らしいものはほとんどなく、木造の粗末なものでした。 そこに赤茶けた大地と深閑とした池がある ・・・・という 不気味な世界 が出現していました。 まさしく、地獄との接点、 黄泉の世界を思わせる雰囲気 がありました。
今回、目にしたのは、それが、すっかり影を潜め、商業主義的な装いに変えられた姿でした。 まことに残念!!




奥薬薬研温泉へ

薬研温泉に向かう。
薬研温泉にかっぱの湯 という無料露天風呂 (当時はなかったと思うのですが、)があることを知ったので、 いってみようという気になったのです。
  大畑町から大畑川を遡り、薬研渓谷をさかのぼると、旅館が数軒見えてきました。 薬研温泉です。 ここにはこれまで2度泊まったことがあります(20年近く前ですがねえ!!)
特に、紅葉のときに泊まった古畑旅館で聞いた、夜中の水の流れる音が印象的で、いまでも憶えています。 昼間見た紅葉の残像と音が重なりあって、妙に心に突き刺ったのでしょう。
夫婦かっぱの湯 かっぱの湯は混浴なのでやめて、男女別の露天風呂がある夫婦かっぱの湯に行くことになりました。 薬研渓谷沿いの奥薬研修景公園内にありました(公園には、駐車場とレストハウスがあった) レストハウスには、軽食コーナーや売店があるので便利。 
湯に入るため、レストハウスの脇から下に降りて行く。 手前が男子、奥が女子です。 中に入ると、粗末な脱衣所があり、前に露天風呂があります 。早速、入りました。 お湯が熱く、長くは入っていられない!!
川に面しているので、流水を見ながら身体が冷えるのを待つ。 土曜日だったこともあり、親子連れがけっこう多くきていましたが、湯槽にはあまり入りたがらない。 熱すぎたからでしょうか?
左手の小さな滝(?)から、熱い湯が注がれていました。 水も少しは入れられていたようでしたが、温度調整する装置や水道施設がないので、身体を洗うことはできません。 流し放しのお湯にただ入るだけです ・・・ 
天気は快晴!! 日なたぼっこをしながら入浴しました。
単純泉でしたが、来て良かったと思いました。 もう少しぬるいとなお良いとは思いましたが・・・
途中のコンビニで買ったおにぎりを食べ、お腹を満たしました。 レストハウスでは、何も買わなくても快く休憩させてもらえましたので、感謝感激です。

千人風呂として有名なかっばの湯は、もう少し手前の川の脇にありましたが、けっこう多くの車が止まっていました。 混浴なので、女性は入るのに勇気がいりますが、こちらの方が鄙びて風情があると思います(無料、日の出〜日没 )
付近は、新緑や紅葉の広葉樹林が美しいところです。 今回は利用しませんでしたが、機会があれば入りたいと思っています。




落日の写真を陸奥湾で撮る

本州最北端の大間から、浅虫海岸までスピードをあげ、吹っ飛ばす。 夕陽を撮るためだが、完全に速度違反だ!!
御陰で、なんとか間に合った。
むつ湾の落日 旅館の裏側が4号線、その先に堤防があった。 カメラと三脚を担ぎ、国道を横切り堤防に寄って、写した。 太陽は赤く燃え、撮影条件は良かったのですが、半島の山々がどうしても入ってしまう。 海に落ちる夕陽の構図は、残念ながら、だめでした。

営業で東北地方を回っていた頃、青森市内にはグランドホテルとホテル青森しかなく、大変高かった。 青函連絡船の時代だったので、宿泊する人も多く、手前にある浅虫温泉はそういう人で賑わっていました。 また、青森の奥座敷とか、北東北の熱海とかいわれ、芸者衆も多く、男の天国としても栄えていました。
今回の旅では、 「夕映えの海といで湯の里」 というパンフレットを見て、 なつかしく思い、泊まることにしたのです。
泊まっての感想ですが、温泉街にかってのような勢いがないように感じました。 熱海や鬼怒川などと共通する雰囲気です。
北海道には海底トンネルで抜けて行ってしまう。 団体客は不景気で減ってしまった、などの外的要因もあるでしょうが、客が魅力を感じる温泉としての特徴や特色が感じられません。 食事は他の温泉地と変わらないありきたりのもので、”地元の特産物をうまく使おう”という意識に欠けています。 風呂にもこれといった特徴がない。 湯質もありきたり ・・・
客を満足させるセンスや意欲が欠けているように思えました(なかには、工夫している旅館もあるのでしょうが )

温泉街がの繁栄するには、温泉旅館全体で取り組んでいかないとなかなか難しいのではないでしょうか?
新幹線の八戸開業で、1時的には良くなるかも知れませんが、”このままでは取り残されるのではないか?” と、 心配になった次第です。




田代平湿原

田代平湿原

青森からは奥入瀬に直行せず、 新田次郎の書いた「八甲田死の行軍」の遭難碑に行ってみることにしました。
奥入瀬にはこれまで数回訪れていますが、遭難碑に行ったことはありません。
碑の手前には大きな売店があるなどもあって、こんな場所で遭難するという実感が湧きませんでした。 遭難があったのは、明治時代で、防寒具がない、気象観測もなかった時代だったこと、や、 軍隊ということで無茶に歯止めがかからなかったこと、などの複合条件が絡み合った人災だったのではなかったか と思いました。

近くに、ミニ尾瀬とも云える田代平湿原があるので行ってみました。
田代平湿原は、八甲田の山々が背景になり、前には日光きすげが咲きみだれ、わたすげのわたが風で飛んでいました。 想像していたよりかなり広かったですね。 池塘には、モウセンゴケやさぎそうの花も咲いており、高山植物の春まっさかりでした。
わたすげ 駐車場の前に八甲田温泉がありました。 丁度昼時だったので、入って食事をいただきました。 後で分かったことですが、この温泉にはいくつかの違う泉質の源泉があるのです。 硫黄泉の露天風呂から八甲田の山々が見渡せる。 大浴場の湯は貧血によい鉄泉など、今思えば魅力あふれる温泉でした。 食事だけして帰りましたが、次回はかならず入ろうと思っています。
蔦温泉の手前にある谷地温泉では、立ち寄ろうと、駐車場まで行きましたが、超満員。 露天風呂もあり、料金も安いと、地元青森から大勢の人が訪れたとあって、あきらめて蔦温泉に行くことに。




秘湯の宿「蔦温泉」

極楽に越える峠のひとやすみ蔦(つた)のいで湯に身をば清めて ( 大町桂月 )

蔦温泉 は、旅の歌人「大町桂月」の終焉の地として知られています。 以前から泊まりたいと思っていましたが、チャンスがなかった。
蔦沼 旅館は、数百年を生き抜いたブナの原生林に囲まれた1軒宿で、明治42年創業とのこと。 本館、別館、新館とあるが、大正7年に建てられた本館に泊まりました。 部屋は、名物の長い階段を上がった2F。 トチの木やブナ材をふんだんに使った堂々とした造りで、きちんと掃除された、こころづかいの感じられる宿でした。 食事は部屋食で、食事もうまく、仲居さんの応対もよかった。女性陣に人気の宿といわれるだけのことがあるなあと思いました。
特に、温泉は秀逸。
透明な湯が、湯船の底に敷き詰められたブナ板の隙間から、たえず湧き出ている。 泉温42℃〜48℃の源泉がストレートに身体にあたる。湯に少しも手を加えないで、注ぎ込まれる天然温泉だ!!
ある有名な温泉博士によると、
温泉は生ビールと同じように生き物であるから、地表に湧出したとたん、劣化が始まる。 自然湧出泉は、地球からプレゼントされた”完熟トマト”のようなものである。 鮮度が命。少しでも間を置くと、たちまち腐ってしまう ・・・・
という。
泉源の上に風呂があるので、うまれたままの湯が味わえる 。水も加えず、沸かしもしない。 単純泉に近い泉質なので、無色無臭で石鹸も使える。
蔦沼 室内大浴場だけで、露天風呂がないのが残念だが、それを補うだけの名湯だと思った。
旅館の裏には、蔦七沼がある。 早朝、食事前に散歩に出かける。 霧が立ちこめ、ブナの奥から緑色した水が見えてきた。 大きいの、小さいのなど沼の様々。 道もアップダウンがあり、変化に富む。 約1時間のコースだったが、楽しかった。
有名撮影家の写真を思い出しながら廻ったが、彼等の写真はすべて紅葉の写真。霧と紅葉の写真だ。
今日は、葉がかなり濃くなった緑の季節。 そのなかで、印象の強い風景を写してみたが、静かな人里離れた沼という雰囲気は写し出せたろうか??




盛岡に泊まる

奥入瀬でゆっくりしたので、宇都宮までは帰れるのが困難になった。 急遽、盛岡に泊まろうということになった。 かみさんが、携帯電話でほうぼうに電話。 駅前のホテルに予約を入れてくれた。
盛岡には、仕事で2年の間、月2回は訪れた場所なので、よく知っている。 盛岡名物になっている冷麺が1部の人しか知らないころだったが、元祖の店と言われる食道園で、カルビと盛岡冷麺を食べていた。 また、バスターミナルの近くにある、小さな飲み屋が数百軒といわれていた飲み屋街には足繁く通った。 今思えば、キャバレーやバーという名の、のどかな時代だった。
夕食は食道園ですることにし、訪問。 創業者はなくなっていましたが、昔と同じ店の雰囲気で懐かしかった。 辛さが段階毎に選べるように変わっていた。
雪の降る寒い夜に、冷麺に入っているがっこ(大根のつけもの)が歯にしみ、唐辛子の真っ赤な汁が身体をかっかと熱くした思い出。 久し振りに食して、盛岡の味として脳裏に残っていたものが甦ったような気がしました。
ただ、以前よりマイルドになったような気がしましたが、錯覚ですかね!!




大沢温泉

大沢温泉 翌朝、遠野にかっぱを尋ねてゆき、帰りに大沢温泉で風呂に入り、帰宅することになった。
大沢温泉は、延暦年間(1200年前)からある由緒正しい温泉。  昭和40年代までは湯治中心でしたが、今は近代的な設備の旅館になっています。  昭和48年から50年に、営業でこの地を訪れていたので、特になつかしい温泉の1つです。
この旅館が立派なのは、古い湯治宿を残し、自炊部として、日帰り温泉客と湯治客を迎え入れていることです。 古い湯治宿を自炊部という名で使っています。 日帰り温泉の窓口も、自炊部です。
自炊部のある建物は、帳場待合や売店など、時代を感じさせながらも、清潔に保たれています。 磨き込まれた廊下や階段の木肌には、現代にないレトロの良さを感じることができました。
山水閣、菊水館、自炊部 それぞれが露天風呂と大浴場を持っていますが、日帰り利用で3館の全ての湯が使える訳ではありません。
大沢の湯(露天、混浴)、薬師の湯(室内大浴場)の他、南部の湯(菊水館にある木造風呂)と豊沢の湯(山水閣、半露天露天風呂)が使えるのです。
大沢温泉 私が利用したのは、大沢の湯。帳場から自炊客の部屋が並んだ廊下を通り、突き当たりを下がると、豊沢川に面した混浴露天風呂があります。 30名以上入れる大きなもので、その中に、源泉が注ぎ込まれているのです。 入っていると、肌もつるつるになり、名湯だと実感できます。
のぼせると、風呂の縁より清流を見下ろしたり、対岸にある菊水館の茅葺き屋根を眺めたりして、のんびり湯に浸かります。 湯量も豊富、泉質も良いので、人気が高いのは当然だと思います。 混浴なのですが、人気風呂なので女性陣が結構多かった。
かみさんは、半露天風呂の豊沢の湯に入りましたが、十分満足したと喜んでいました。 この風呂は、冬場はガラスで囲まれるようですので、寒い思いをせずに湯に入れそうです。
この近くにある志戸平温泉もよい温泉です。 これらの温泉は、花巻ICから1時間以内に到着でき、流し放しの天然温泉なので、近くに行くと必ず寄る特に愛する温泉達です。

三泊四日の温泉の旅は、以上で終わりです。 よく走り、よく食べて、良い風呂に入った旅でした。 1緒に旅したokanに感謝!!!

(平成14年7月1日)






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かうんたぁ。