松本城と安曇野へ
今年のゴールデンウィークは、5連休乃至7連休とか。
この時期しか休めないというのがいたのである。 そんなことで、急遽連休の終い頃に出かけることになった。
どこへ……松本である。 今まで何度となく通り過ぎたところ。 「もぅマツモトゥ?」「マツモトはすぎたぁ?」
「松本インターから○号線…」など連呼しながらついぞ寄ったことはなかったのである。 だから 松本 マツモトである。
天気予報は雨。よく晴女とか雨何とかと言うが、MaxとOkanは、別々に出かければ晴れたり降ったりと極めて普通。だが、二人一緒になると話は変わる。どんなに晴れ!!と予報されようが見事に覆す。土砂降り、雷などが必ず一日はある"嵐を呼ぶ夫婦"なのだ。しかし娘はとてつもない晴れ女。彼女の出かける日は雨と予報されようが台風といわれようが必ず晴れるのだ。「雨かもねぇー」という私に「長野は晴れ!」と自信たっぷり。ムムッ こしゃくな!!結果を先に言おう。愛知県は雨。我々のいた長野は"あっ晴れ"であった。
松本へ直行するのも芸がない…ということで穂高へ寄る。安曇野は今、道祖神ブームである。ついでに見てこようと相成った。
大王わさび園へ車を置いて歩くことにする。行けども行けども目指すものは出てこない。
レンタサイクルの人たちばかりがとうりすぎて行く。いくら歩いてもそれらしきものはない。
「Okan どんな地図を見たの?まさかサイクリングマップじゃないよねぇ…」。
サイクリング…自転車…廻る道祖神…と言う文字が頭の中をぐるぐる回りだした。シ… シマッタァ!やってしまった。
「自転車と人間が同じ速度かぁ」「バッカじゃないのぅ」と攻撃の矢は雨あられ。
こういうときは日ごろの行いがモノを言う…ということがよく分かった。
飛び交う矢をバッタ、バッタとなぎ倒しているうちに着いた。
むかーしのらしい小さな可愛い仏様たちと、山門の中には、馬鹿でかい下駄のお化けがある。
薄汚れた謂書を丁寧に読み、メンドゥと読まない私に解説をしてくれる。
さんざ歩かされた恨みをさらりと忘れる、ふたーりの背に、手を合わせるスットコドッコイOkanでありました ベベェン・・ベンベン…。○細胞人間はありがたい…なんて罰当たりなことは夢、思ってはおりません。為念。
隣の庄屋様のお屋敷を見て、さて道祖神公園とやらに……。まずはどこかと酒屋さんに尋ねる。
「みんなに聞かれるけどねぇ。コンクリのあったらしいのをおっ立てたところはあるけど、公園なんてもんじゃないよ」とのことである。そんなところよりもいいところが…と教えていただいたところに行く。江戸時代の頃の道祖神が何体も寄り添っていた。
歩き疲れて遅いお昼に、お蕎麦を。美味しかった。
混雑を覚悟していたけれど高速にすんなり乗れて一路マ・ツ・モ・トへ。
松本市街から程近い「浅間温泉」による。温泉街のほぼ真ん中にありこじんまりした公共の温泉である。
夕方ということもあってか利用客はあまりおらず、歩き疲れた身体をほぐし、長湯のMaxを待ちながらのんびりした一時を過ごす。
さして遅い時間でもないのに街はすっかり夜の気配。コンビニの灯りがやけに目立っていた。
さて今日は松本市見物である。松本って何がある?松本城、旧制松本高校,開智学校…後は…?
とりあえずお城へ。
入ってみて驚いた。ものすごい人、人、人である。天守閣に登るのになんと50分待ちという。侮るなかれ松本城である。
折角だから並ぶ。順番待ちは私。二人はカメラ片手に何処かへ。
天守の中ももちろん混雑。ゆっくり見ようにも思うようにいかない。
刀やら城の造りやらに興味の尽きないお二人とは別に私はさっさと天辺へ。
眼下に広がる城下町をさーっと眺めて降りる。待つことしばし、「ちゃんと見たの?」の声とともに合流。今度は記念館へ。
おりしも火縄銃の特別展開催中である。写真を撮っているというMaxとは別に私たちは記念館へ入る。
ここでも興味の対象が違う。彼女は火縄銃に夢中である。説明文を読み、一つ一つ見比べている。
私は「おさきにぃー」と別の階へ。
私はここで面白いものを見た。七夕人形というもの。
着物掛けのようになっており、七夕様に着物をお貸しするという慣わしだそうな。
「衣裳もちになる」とか「幸運になる」という言い伝えがあるという。
また、松本地方には、その年が豊作になるから、七夕にはたとえ3粒でも雨が降ったほうがいいという伝承も残っているそうな。
天の川が増水しても、牽牛と織女が出会えるようにということで、カータリという人形が飾られる。
それは足がとても長い人形で、着物の裾をはしょって着せるという。二人を背負って天の川を渡ると考えられているという。
行事一つでも地方によってその在り様は様々で面白い。笹飾りだけが七夕様ではないのだなぁ。
それぞれが違ったものを見て、「面白かったあ」と満足の松本城でありました。
最後に重要文化財旧開智学校へ。
和風と洋風の入り交ざった文明開化を象徴する擬洋風建築の代表的建造物である。明治9年に新築されて昭和38年まで小学校として使われていたというから驚く。白い壁にアーチ形の窓、風見鶏が校舎を飾りなんともきれいな建物である。
見始めるといろいろ見るものはあるが、きりがないので今回はここでお終い。見学し終わったら空の具合がなにやら変わりそうな気配。迷うことなく高速へ。走り出してまもなくMaxが言い出す。「温泉によって帰ろうよ。」 NO!などと言うわけがない。帰りは、伊那北I.C近くのみのわ温泉「ながたの湯」で汗と疲れを取る。
ゆったりシートで、ウトウトしているうちに「着いたよ」の声。「えーぇ、はやかったねぇ」とスットコドッコイは言う。すかさず娘が一言。「お父さん、ありがとう。楽しかったよぅ。お疲れ様でしたぁ。」
2004年5月