{左}蓮如上人碑と追分道標
分岐点に出た。 伏見道(伏見街道)は、伏見や宇治への道で、難波(大阪)に出る近道だった。 大名が京都に入るのを幕府が好ま
なかったので、参勤交代の時、大名は京都を避け、伏見道を使ったのである。 ここには、蓮如上人碑と追分道標が建っていた。
蓮如上人の石碑には、 「 明和三丙 」 と、刻まれていたが、途中で折れたものか?、かなり小さかった。 道標には、 「
柳緑花紅 法名未徹 」 「 みきハ京ミち 」 「 ひたりハふしミみち 」 と、三面に刻まれている。 道標の建立時期は不
明だが、寛政六年(1794)発行の都名所図会には、「 追分は
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