{左}双体の道祖神
槍突石を池の周りで探したが、どれなのか分らなかった。 本堂の左側にあるお堂前の大きな地蔵は、火災でなくなった後、早雲寺から移されたものである。 裏山の墓地を上っていくと、曽我兄弟を祀る曽我堂があった。 街道に戻ると、少し先の右側に、苔むした長方形のものがあった。 これはなんだ、と、よく見ると、湯本茶屋村の境の双体の道祖神だった。 相模国風土記稿によると、「 湯本茶屋村は、家数二十七軒、東西十町許、南北二十町程 東海道の往還係れり、幅四間、当所立場にて下は風祭村立場、上は畑宿立場へ各一里、休憩の茶舗あれば
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