{左}擂鉢(すりばち)松
ここで亡くなった。 白隠の名前は、全国的に有名だったようで、参勤交代の大名は、競ってこの寺に立ち寄った、という。
その一人が、備前岡山藩三代目の藩主、池田継政で、継政が寺に立ち寄った際、炊事番が大擂鉢を壊してしまった。
継政は帰国後、備前焼の大擂鉢を数個
作らせて届けさせたが、白隠は、これを台風で折れた松の傷口に雨よけに載せてやり、松はすり鉢を載せたまま、大きくなった。
山門の左側に見える高い松の木が、その擂鉢松である。 白隠の墓は、本堂の左側の建物脇から墓地に入ると、石柵で囲まれた
数基の一番左の墓
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