{左}久能寺観音道道標
妙音寺、久能寺に至る有度山麓を通る道である。 久能寺は久能山にあったのだが、武田信玄の駿河進出により、久能山に城が築かれたため、天正三年、現在地に移転したが、明治維新で廃寺になった。
その後、明治十三年(1883)に、山岡鉄舟が再建し、鉄泉寺にかわった。
この道標は、安永七年(1778)に妙音寺の若者の寄進により造立されたもの。 地元の人達が建てた東海道の説明板によると、
「 (最初の)東海道は、今の北街道を通っていたが、慶長十二年(1607)、徳川家康の命により、七日市場の巴川に大橋(現在の稚児橋)が架けられ、
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