{左}坂道をどんどん下る
遂げた。 敵将の今川頼国が、名越邦時の武勇をたたえて、ここに葬ったのが鎧塚である。
先代(北条氏)と後代(足利氏)の間で、一時的に鎌倉を制圧したことから「中先代の乱」と呼ばれる。
茶畑に挟まれた坂道をどんどん下ると、 その先にも、藤原家隆朝臣の 「 ふるさとに 聞きあらしの 声もにず 忘れ人を さやの中山 」の歌碑、
芭蕉の 「 道のべの 木槿(むくげ)は 馬に食はれけり 」 ( むくげの花を馬の上から眺めていると、あれよという間に、馬がその花を食べてしまったよ。 ) という句碑があった。
歌碑が並ぶ道を下っていくと、右側に、
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