{左}聖観音像
である。 窟の先から上に登れる道を苦労しながら登っていくと、大岩の頂(いただき)に、聖観音像が祀られていた。 吉田
大橋の架け替え工事を請け負った、江戸下谷の大工の茂平と善右衛門が、難工事で困り果て、観音堂 に参籠し、霊夢により、
難工事を完成させた。 そのお礼として、明和弐年(1765)、下谷講中が寄進した九尺六寸(約2.9m)の大きな観音像である。
吉田の俳人、木朶(もくだ)は、 「 霞む日に 海道一の たち仏 」 、と詠んだ。
釈光行は 「 君が代は かずは知られぬ さざれ石の みな大岩んぽ 山となるまで 」 と、
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