{左}赤坂陣屋跡
た。 なお、大橋屋の隣の境には、高札場があったことを示す木柱が立っていた。 街道を歩くと、右側に、赤坂陣屋跡の表示
があった。 陣屋は、代官所ともいわれ、年貢の徴収や訴訟を取り扱ったところである。 赤坂陣屋は、三河国の天領を管理
するため、幕府が設けたもので、国領半兵衛が代官のときに、豊川市の牛久保から移ってきた。 幕末から明治にかけては、三
河県の成立にともない、三河県役所となり、明治二年六月、伊那県に編入されると、静岡藩赤坂郡代役所と改められたが、明治
四年の廃藩置県により、伊那県が額田県に合併されると、
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