{左}新選組隊長、近藤勇の首塚
(1387)に堂宇を建立し、寺号を法蔵寺と改めた。 初代の親氏以来、松平家の帰依を受け、家康も、子供のころ、ここで勉強したとい
う徳川家と縁が深い寺である。 現在は、浄土宗西山深草派で、二村山法蔵寺といい、本尊は阿弥陀如来である。 左側にある
六角堂へ向かって歩くと、その先に、新選組隊長、近藤勇の首塚がある。 板橋で処刑された近藤の首級は、京三条大橋の西に
さらされていたが、同志が三晩目に持ち出し、近藤が生前敬慕していた、この寺の住職、称空義天和尚に依頼し、埋葬された、というものである。
家康の祖先の松平家の墓が
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