{左}万福寺
鳴海は、小さな寺を含め、寺院が多い。 正面に万福寺、そして、右側に淨泉寺があった。
万福寺は、永享年間、三井右近太夫高行の創建で、真宗高田派、永禄三年(1560)の兵火で焼失したが、再建され、江戸末期に再々建された。
明治六年(1873)、鳴海小学校の仮校舎となり、校名を広道学校とした、と寺の案内にあった。
山門をくぐり、中に入ったが、本堂は大きく立派だった。 街道に戻り、先に進むと、その先は鉤型のように右に曲がっていた。
このあたりからが宿場の中心で、左側の緑生涯学習センターは問屋跡である。
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