{左}笠寺観音 多宝塔
名古屋の医師で俳人だった人が、芭蕉三十六回忌に建立したものなので、鳴海の句碑より、かなり遅い。
石柱には、良く読めないが、 「 星崎の 闇を見よや 啼千鳥 芭蕉翁 」 と、刻まれているようである。
本堂の左側に行くと、多宝塔があった。 建立の時期ははっきりしないが、江戸時代中期(1753)頃らしい。
その奥に、幾つかの句碑が建っている場所があった。
湿気が多そうなところで、文字がよく読めない。 その左側に、芭蕉の弟子だった鳴海の俳人、
下里知足の孫、鐵叟 亀世が、 安永弐年(1773)に建立した春雨塚と呼ばれる芭蕉の
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