{左}善光寺一分如来の石柱
大海人皇子が、近江朝を継いだ大友皇子に対し、反乱を起こした戦いである。 大海人皇子は、隠れていた吉野を出て、伊賀を通
って、この地に陣を置き、伊勢や尾張の兵を集め、美濃に進出し、不破で全戰線の指揮をとったが、同行した妻の鵜野皇女(うのの
ひめみこ)、後の持統天皇はこの地に留まり、伊勢の勢力を固めたといわれる。 戦いに勝った大海人皇子は即位し、天武天皇とな
った。 少し行くと、左側の広場に、善光寺一分如来、世話人万屋吉兵衛と刻まれた、寛政十二年(1800)に建てられた、ボルト締
めになった石碑が建っていた。
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