{左}東海道中膝栗毛 冨田(とみだ)
その橋を渡ると、右側に、冨田一里塚跡の碑がある。
東海道の開設により、大名行列や伊勢参りなど、多くの旅人が行き来し、冨田付近はたいへんな賑わいを見せた。
立場になっていた冨田は、多く茶屋があったが、茶屋の名物は焼き蛤であった。
十返舎一九の東海道中膝栗毛では、喜多八が騒動を起こしている。
「 富田の立場にいたりけるに ここはことに焼はまぐりのめいぶつ、
両側に茶屋軒を並べ往来を呼びたつる声にひかれて茶屋に立ち寄り 」 とあり、弥次郎兵衛と喜多八の二人が焼き蛤でめしを食ったのはいいが、焼き蛤が喜多八
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