{左}芭蕉句碑
「 鈴鹿山 浮き世をよそに ふり捨てて いかになりゆく わが身なるらむ 」
芭蕉は、西行法師の上記の和歌が頭にあって、上記の句を詠んだのではないだろうか? 鈴鹿峠を越える始めての官道は、阿須波
道と呼ばれ、平安時代の仁和弐年(886)に開通した。 当時の鈴鹿越えは、ぶっそうだったようで、山賊にかかわる伝承が多く残っ
ている。 ややゆるい坂を上り、ひと汗かく頃には雑木林に出る。 道脇から下を覗きこむと、国道1号線の上下二本の道がルー
プになっている様子が見られた。 また、それを覆う樹木も前回見た黄緑から濃い
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