{左} 妙感寺、立志神社、田川ふどう道 の道標
立志神社は、江戸時代の東海道名所図会に、「 垂仁天皇の頃、大和国より 天照大神が伊勢へ遷坐の時 この地に四年間鎭座
し、瑞雲緋の如くたなびきしより、 緋雲宮と称し、 のち日雲とし、また 後世三雲 と訛れるなるべし。 」 、と書かれて
いる神社である。 倭姫命(やまとひめのみこと)が、伊勢へ落ち着くまで、天照大神を奉斎して、大和から
近江、美濃、伊賀などの各地を廻った際、仮宮になった社の一つだろう。 妙感寺は、前述の萬里小路藤房が開山した寺で、
元亀元年(1570)、織田信長による焼き討ちに遭い、焼失したが、万治年間(1660年頃)
|