{左}石坐(いわい)神社
遺構と伝えられる。 門は膳所藩校遵義堂(じゅんきどう)から移設されたものである。
境内のイチョウの木は樹齢六百五十年といわれ、関が原合戦に敗れた石田三成が京都へ搬送されるとき、縛られていた、という話が残る。
二百メートル先で右折し、寺の周りを回って、道なりに行くと西の庄に入る。
小さな橋を渡ると、すぐあるのが石坐神社である。 祭神に、海津見神(わたつみのかみ)を主神、天智天皇、弘文天皇などを祀っている。
八大龍王社とか、高木宮と称したこともあったようだが、延喜式にも近江国滋賀郡八社の一つと記されている古社
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